P's tumblr

自分で完成だと思ったアプリから三〇個悪いところを見つけるんです。一生懸命。三〇個見つけるまでは出さない。自分で一度は完璧だと思ったものでも、作り手の目線ではなく、うざい批評家目線で、使いまくって批評して、ここが悪い、これがまだまだという点を三〇個見つけ出す。そして、それを修正すれば、文句なしのものになっているだろう。それをしたのとしないのとでは完成度が違うんです。出したあとのレスポンスが違います。

—「スーパーIT高校生”Tefu”と考える創造力のつくり方」Tehu 村上憲郎 (via lifehackerandsweets)

(出典: pixiv.net)

theecstasyofdefeet:

Thanks for the submission :)

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insideflesh:

final solution

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(出典: deseoserungato)

ミガン じゃあ、男の人が、妻に自然分娩で生んでくれ、っていうケースはあるかな。

未映子 信じられへんことに、これがかなりおるらしい。「無痛なんか……子どもはお腹を痛めて生むものだから……」とか言うらしい。「お腹を痛めないと愛情が芽生えない」とか。まじで信じられへん。そういう男性にかぎって、「嫁が料理にクックドゥを使ってたら、ひく……」とか言いだすんやろ。ツイッターで時々話題になってる。

ミガン 味の素をなめてんのか! っていうか、おまえが自分でダシとれんのか。

未映子 ほんまやで。っていうかさ、嫁って言葉、はやく禁止用語になればいいのに。ま、人間は多かれ少なかれ、自分のやってきたことが正しかったのだと思いたいもんやん。だから自然分娩しか選択肢がなかった時代に出産した世代ほど、無痛分娩に厳しいっていうのもあるんじゃない? 男性の価値観は、もちろん社会に出て獲得して強化されるものも大いにあるけど、基本的には育った家の価値観、親の夫婦間の常識が刷り込まれてるもんやん? ちょうど「電車にべビーカーを持ち込むのは迷惑」っていう論争にしても、一番声が大きいのは、抱っこ紐で育ててきた今のおばあちゃん世代やし。

ミガン わたしもこのまえ、たまたま抱っこ紐を使ってたら、電車の中でおばちゃんに、「いまどきみんなベビーカーなのに偉いわねえ……」ってめっちゃほめられた。脇にめちゃめちゃでかいベビーカー畳んでおいてあったん、見えへんかったんかな。

未映子 だから、それは「しんどい思いをして子育てした自分が偉かった」って言いたいんやと思う。性別かかわらず、人は自分の選択が正しかったと思いたいもんやし、損をした、と思いたくないねん。だから母乳で育てた人はどこかで母乳信仰になるし、ミルクで育てた人はミルクでよかった、ってなる。でも、そんなんってさ、収入とか、家族関係とか、家の間取り、夫との関係、体調、みんなばらばらの中でできあがるもので、答えが一つになるはずもないのに、けっこう自分の体験を絶対化してしまう傾向があるんやなって感じたわ。

ミガン たしかに。そのへんは、けっこう慎重になってた記憶ある。

未映子 そうそう。たとえばおなじように子育て中の人と話してて、自分がいま何か押しつけてないか、知らず知らずのうちに正しさをぶってないかってことは、めっちゃ意識してチェックしてた。でもなあ、小説なんか書いたり読んだりして、いくつもの異なる価値観にふれて、それを全面的に良しとしているつもりでいても、いざ自分が妊娠して生むという当事者になってみると、価値観ががちがちに固まってて、なんでも選択肢が2、3個しかないってことにびっくりした。自分が情けなかったわ。自分が思ってるほど、自由な想像力も柔軟性も、そんなん、ほんまにないに等しかった。